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日本はいつからハロウィンを祝うようになったのか? [公開終了の時期]

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 日本はいつからハロウィンを祝うようになったのか?

 渋谷はゾンビとジョーカーでいっぱい?!

 新宿駅にはダースベーダーまで登場!

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「向日葵の丘 1983年夏」本日31日から札幌&鹿児島で公開! [映画館情報]

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「向日葵の丘 1983年夏」いよいよ札幌

 シアターキノ 

 http://www.theaterkino.net/ttA.html

 本日31日公開!(1週間限定ー11月6日(金)まで)

 鹿児島の天文館シネマパラダイスも、

 http://tenpara.com

 本日10/31(土)公開~ 099-216-8833

 初日は1日3回上映(その後は変更あり。要確認)

 ぜひ!



「向日葵の丘」横浜&京都公開が終了。ありがとうございました! [公開終了の時期]



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 お陰さまで横浜ジャック&ベティと、京都みなみ会館での

 公開が終了しました。

 どちらも思い出のある映画館

 多くの観客にも観て頂く事ができて感激

 本当にありがとうございました。

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 関西での上映あとは11月7日(土)公開の大阪十三シアターセブン(舞台挨拶あり)

 関東埼玉・深谷シネマ11月29日(日)公開

 いよいよ、終盤戦となっていますが、

 ぜひぜひ、ご覧下さい。

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「向日葵の丘」俳優たちが撮影前に観た宿題DVD?! ② [インサイド・ストーリー]

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 撮影前に俳優さんたちに宿題を出した

 映画「向日葵の丘」に出演するにあたり観ておいてほしい映画があった

 そのDVDがこちら。

 映画観た人は「なるほどね!」と思うはず。

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【地方の映画祭はなぜ盛り上がらないか? 映画愛はそこにあるのか?】 [町おこし映画の問題点]

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【地方の映画祭はなぜ盛り上がらないか? 映画愛はそこにあるのか?】

数年前。ある映画祭に招待された。主催者はなかなか映画愛がある人で、僕の映画を映画館に観に行った上で「ぜひ、うちの映画祭で上映したい!」と映画と共にゲストとしてもー招待してくれた。が、そこでいろんな思いをすることになる。

映画祭ではそんなゲストと地元映画ファンが交流を持てることが、いずれにとっても楽しみである。監督やスタッフ。俳優は、なかなか一般の映画ファンの感想を直接聞くことがない。ファンはプロの人たちにいろんな質問をすることができる。でも、その映画祭。いろんな映画が上映されるが、とにかく客が少ない。150人のホールに10数人。そして映画祭のレセプションとかオープニングパーティとかはなく、上映が終わったら数人で近所の居酒屋に飲みに行くだけだった。

主催者も一緒、映画祭の常連客で7人くらいのグループになり「太田監督もご一緒に!」と呼ばれた。だが、飲み会が始まっても、それぞれが何者であるか?の紹介がない。皆顔見知りだというのもあっただろう。会話が進むと地元映画ファンや新聞記者がいることが分かる。監督は僕ともう一人。しかし、僕らの映画の話は出ず。「最近の映画はどうだ?」「***は面白かった」というような話題が続く。主催者もゲストに対する気遣いはなく、黙って飲むばかり。


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何だか、地方の映画サークルに間違って参加してしまったような違和感。その内にようやく質問を受けた。「太田監督はどんな映画を撮っているのですか?」?????? ま、僕は誰もが知る有名監督ではない。でも、会場で配られたパンフレットを見ればプロフィールが載っている。それを読めばいいのに、あえて本人に訊く? 

で「朝日のあたる家」というのが最新作だと詳しく話すと「いつもその手の社会派映画ばかりを撮っているんですか?」と質問が続く。そんなことから話さねばならないのか? そもそも映画祭に毎回参加する常連なら、事前にHPでゲストを調べ、プロフィールや作品くらい把握するのではないか? その方が本人に会ったときに、いろんな話が聞ける。
僕のように無名の監督でも、その作品に出た有名俳優等の話を聞くこともできる。撮影現場の話。現代の映画界の様子。相手がどんな監督だろうと、映画ファンなら聞きたい話がたくさんあるだろう。なのに、何も下調べはなく。最近、面白かった映画について延々話し、ようやく質問が来たら、僕自身にプロフィールを訊く。僕だけではない。もう一人の監督も同じ扱い。何だか映画祭のゲストではなく、映画サークルに参加した新人であるように思えて来た。

翌日も上映後には飲み会があった。別のメンバーだが、同じ展開だった。その日は「どんな映画を撮っているんですか?」ではなく「お生まれはどちらですか?」と訊かれた。大学の合コン?のような質問が続き。映画の話は全く出ずに終わった。皆、「地元の***さんが、、、」という内輪の話題に終始。

2日共、割り勘で飲み代を払った。大きな映画祭ではない。飲み食いは自腹なのは理解している。が、その会に監督たちを呼んだ意味があったか? それも映画祭のオープニングから参加してほしいと言われて来ている。映画ファンたちとの交流を連日、望んでいるのだと考えていたのだが、主催者も常連客も自分たちで盛り上がるだけ。ゲストがそこにいる必要性はない。


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ようやく3日目。僕の映画が上映される。客席はほぼ満員。宣伝はしていないが各地でヒットしていたので噂を聞いた人が集まったのだ。飲み会に参加していた映画祭の常連客も来ていた。上映が終わってロビーにいると、その内の2人が近づいて来てこう言う。

「あなたの映画は好きになれませんね~」

そして、延々と映画の問題点を語り出した。その指摘。ほとんどが外れている。映画をしっかりと観ていないこと。勘違いや理解不足が理由。そこを説明すると「ああ、そうですか〜それは見落としたなあ」ということもなく「でも、***のシーンはおかしいですよね」と切り返してくる。

結果、指摘は全て誤解によるものだった。が、彼は「まあ、次の映画には期待していますよ」と去って行った。とにかく認めなくない!という感じ。??????「何か嫌われることしたあ〜?」と思えるほど。どういう人なのか?
僕もいろんな映画祭に呼ばれたが、関係者の多くからこんな扱いをされたは初めてだった。ゲストが来ているのに内輪の話しかしない。招待客に興味を持たない。常連客がゲストを批判。それも全くの当て外れ。

また、飲み会メンバーも1日目は映画オタクのような人たちばかり。2日目は映画に興味ない人だらけ。いずれもホスピタリティのない閉鎖的な人ばかり。主催者は真面目でやる気のある映画青年だが、消極的でホストの役割が果たせていない。

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だが、次第に見えて来た。映画祭に一般の客は来ていない。オタクなタイプが多い。その人たちが常連となり、主催と親しくなる。彼らは対人関係が苦手。ズケズケとものをいう。だから、ゲストが嫌な思いをする。打ち上げにも参加せずに帰る監督もいた。また他県から来た人をあえて無視するという市民性もあると聞いた。それらがミックス。年々、観客が減る。一度来たゲストは二度と来ない。ということのようだ。

映画祭は全国各地で開かれている。しかし、本当の意味でうまく行っている映画祭は少ない。それは主催者が「映画祭とは何か?」を理解せず、勉強せず。単にホールを借りて映画を上映するのが映画祭だと勘違いしている人たちが多いからだ。ゲストを呼んでもホスピタリティがない

僕が参加した映画祭も同じ。でも、その主催者を今も応援している。とにかく映画に対する愛はある人だ。ただ、それだけではダメ。映画祭とは何か? 何ができるか? 何をすべきなのか? を考えるべき。映画ファンが喜ぶイベント。映画関係者が参加してよかったと思う対応。映画祭はイベントだが、旅館ホテルと同じ。「また、泊まりに来よう。来年も来たい」そう思ってもらえること。大事だと考える。

 さらに、もう1話=>http://aozoraeiga.blog.so-net.ne.jp/2015-11-18-19




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ロケ地にいちばん近い映画館。藤枝シネ・プレーゴ。絶賛上映中! [映画館情報]

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ロケ地島田市に一番近い映画館

藤枝シネプレーゴ

大ヒット上映中。

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お見逃しなく。

http://www.cineprego.jp

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「向日葵の丘」予告編ロングバージョンを配信。 [予告編]



「向日葵の丘」予告編ロングバージョンを配信。

この数日。予告編を編集していた。映画が公開されたあとに配信されるタイプのもの。公開前は「ここぞ!」という場面は予告編にはいれない。80年代の角川映画のように、泣ける感動場面だけを抜き出して予告編にすると、本編を見たときに感動できないからだ。

しかし、「向日葵」公開から間もなく3ヶ月目に入る。観たい人はもうかなり観てくれている。そこで名場面を多めに入れたロングバージョンの予告編を作ってみた。ハリウッド映画でも、この時期になると、その種のものを公開する。

それによって、先の予告を観ただけは「観たい!」と思わなかった人も興味を持ってくれる。それとすでに観た人も感動場面を再見して「もう一度、観たい!」と思ってもらうのが目的。

それでもまだ予告編で未公開の感動シーンはあるし。紹介する涙の場面も一部に過ぎない。映画館で観てもらえれば、感動してもらえる。その予告編。昨夜、テスト的に配信したら大好評。
完全版を本日、配信。よろしくお願いします。

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「野火」スタッフの方がお礼にやってきた。あの暴言(?!)の効果が絶大だった? [舞台挨拶]

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「野火」の宣伝スタッフの方が、

わざわざ横浜まで祝花を届けてくれました。

常盤さんが舞台挨拶で

「野火」を宣伝してくれたお礼だそうです!?

この動画。必見!

全ては常盤さんのこの暴走発言?!から始まった因縁?






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時代は変わり、環境が変化する中。ネットに縛られていることに気付かぬ僕らは、どこへ行くべきなのか? [My Opinion]

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【時代は変わり、環境が変化する中。
 ネットに縛られていることに気付かぬ僕らは、
 どこへ行くべきなのか?】


最近、いろいろと考えることがある。ネットが普及したことで、それまで情報発信の最大手といえたテレビが、いかに都合のいい情報だけを流していたか?が分かって来た。特に311以降。報道番組でさえ、商業主義であること。それは新聞も雑誌も同じだが、疑ってかからないと、ある種の人たちに利用されているだけだと思える。

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ここ数年、スマホについて考えていた。当たり前のように使っていたが、実は必要ないのではないか?と思えている。例えば、友人と喫茶店等で会うと、まずスマホをテーブルの上に置く。電話がかかってくると「ちょっと、悪い!」と電話に出る。急ぎの用ならいいが、聞いていると単なる友達からの連絡。なぜ、時間を裂き、交通費を使って新宿渋谷まで出て来た友人(私)と話しているのに、それを遮り電話に出るのだろう?

或は、複数で話していると、必ず誰かがスマホでメールやFacebookチェックをする。これも急ぎの仕事で、常に連絡があるというのなら分かるが、そうではなく。人の話を聞きながら、何かメールが来ていないか? ニュースはないか?とスマホをいじっているだけなのだ。

家族でテレビを観ながら食事する人たちはいる。しかし、友人と会っているとき、電話に出たり、メールやFacebookを確認するのはどうなのだろう? 何か優先順位を間違っていないだろうか? また、若い人たちは友達からメールをもらったら15分以内に返事をするという。でないと、友達関係がむずかしくなるからとか。或は、何かで知り合った人がよく「Lineで繋がってもらっていいですか?」と訊かれる。

これには背景がある。かなり昔に書いたが、今の日本人。若者だけでなく、異様なほど絆を求める。「友達」「仲間」であることを確認しようとする。それは無意識にアイデンティティの確認になっている。寂しさや孤独感の解消に繋げようとする。「こんなにたくさんの友達がいるんだ」という思いで自分の存在を確認。一昔前のプリクラも同じ。Facebookがこれだけ流通したのも同じ理由だろう。1000人友達がいる。と自慢するのも同じ理由だ。

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確かに、一人一人と連絡を取り合わなくても、**君はどーしている? ***ちゃんは今日も仕事か?と近況を知れるのは便利だが、いつの間にか、それも自己確認の強迫観念となり、一日に何度もFacebookを見てしまう。最初は便利からスタートしたメールやFacebookにいつの間にか振り回され、スマホが生活の中心になり、依存症になっている人が多いことに気付く。

その背景にあるのは不安感。1人ぼっちじゃないか? 私だけ置き去りになっていないか? 僕のこと誰も気にかけてくれてないのでないか? アイデンティティが確認し辛い時代。その不安を癒すのがメール。それをバージョンアップしたのがFacebook。Twitterも同じだ。「渋谷ナウ」とか意味もなくtweetするのも「私は渋谷にいるよー。私のこと。みんな忘れないでねー」という心のメッセージだと思える。

自分の存在を、理解、確認、してもらうための行為。スマホはそれを外出しても確認できるツールとして無意識に認知されたことで、普及し、流通した側面が大きい。もちろん、先に書いたことは潜在意識での話であり、それを意識している人は少ない。そして僕の説明もかなり乱暴であり「俺はそんなじゃねえよー」と反論したい人もいるだろう。しかし、人の根源的な欲求に「人からの認知」というものがあり、それを巧みに利用したのがFacebookなのだ。

Facebookによって「友達」が増えたように感じるが、現実の代償作用でしかなく本物の友達ではない。なのに多くの人は現実の「友達」と同じ対応やアプローチをし、求めててしまう。そこですれ違いが起き、互いが傷つく。起きなくていい問題が起こる。仮想現実の中に癒しを求め、さらに孤独感を増幅しているような気がする。

そんなことを書きながらも、僕自身もスマホ依存症になっているように思える。最初は映画宣伝のツールであり、書いた記事や情報の反応を知るために、頻繁に確認作業をしていた。が、考えてみると1時間おきに確認をする必要はない。その夜にまとめて見ればいいのだ。なのに気になって、何度もスマホを見てしまう。

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先日も書いたが、その記事執筆や情報発信に毎日4時間以上が取られている。映画宣伝は間もなく終了する。そして、いずれ書くが今回の宣伝活動を通じていろんなことを感じた。次のステップに上がらなければならないと思えている。そのために、今後も4時間も時間をネットに費やしていてはいけない。スローダウンして行かねば...と考えている。

そしてスマホを持ち歩き、いつでも連絡が着く。必要性が本当にあるのか?と感じ始めた。待ち合わせのときは便利だし、撮影前ならスタッフからの緊急連絡もあるが、通常はない。なのに、スマホを持ち歩くと、外出中に何度もネットを見てしまう。昔は雑誌や文庫本を持ち歩いて読んでいたのだが、今はスマホを見る。電車に乗っても漫画雑誌を読んでいる人はもうほとんどいない。

何か大きな力で、スマホという端末を与えられて身の回りや友達関係に執着することで、大切なものを見逃しているのではないか? 目を反らされているのではないか? そんな思いがあり、先日、スマホを解約した。そして、考えているのがFacebookの存在。映画宣伝の上ではとても有効だったが、いろいろ面倒なことも多い。

Facebookを有効活用しているつもりだったが、ふと気付くとFacebookに振り回されているのではないか? と思えて来る。このことはまた機会があれば書くが、どーも、日本人は機械によって大切なことを見失っているように思えている。それはまだ具体的には書かないが、物語のテーマにもなるので、あれこれ考えている。「向日葵の丘」を観てくれた方は何となく想像が着くだろう。

そんなことをあれこれ考えているのだが、時代は変わり、環境が変化する中、僕らはどこへ向かうべきなのか? 問われる段階に来ていると思える...。


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中日新聞のコラムに 「向日葵の丘」の感想 [観客の感想]

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中日新聞の編集者コラム

「向日葵の丘」の感想が掲載されました。

なかなかの好評。ぜひ!

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