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映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ・その31 ~映画撮影現場を知った方たちに~ [撮影ルポ]

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by 永田よしのり(映画文筆家)

 すでに雨の中、数時間の撮影が続いている。
 遅々として進まないシーン撮影。
 そんな中、新たな問題が浮上してくる。
 それは参加している市民俳優たちの帰宅時間が迫っている、ということ。すでに時間は夜10時15分過ぎ。

 終電に乗りたい人は、夜11時までには島田駅に送り届けなければならない。
 なので、スタッフは撮影進行と共に、終電に乗りたい人たちを募る作業も平行して進める。
 そんな現場の中では、映画撮影に初めて参加するであろう市民俳優の方々のあちこちから、不平不満の声も聞こえ始めている。

 仕方がないことではあるが、ゴールデン・ウィーク中のちょっとしたイベント感覚で参加した人もいるだろう。
 そこでこの夜のように雨の中、傘をさせずにただじっと並んでいる作業を繰り返すのは、楽しいことではないだろうとは思う。
 だが、無償で参加している市民俳優の方々には申し訳ないが、映画撮影はイベントやアトラクションではないのだ。

 たとえ雨であっても、その雨で撮影が出来なくなるほどの被害が出ない限り、撮影は続けられるのだ。
 それは単にスケジュールだけの問題ではない。
 映画を撮る、という思いがそこにはあるのだ。

 そして、それは「映画を観る人たちに感動を届けたい」「演技をする俳優たちの姿を観てもらいたい」「映画を作る者たちの思いを映像に写し取りたい」というような色々な思いが積み重なって、ひとつの集約した思いとなっている。

 たまたま、その日の数時間だけを映画撮影に参加した市民俳優のみなさんには、そこまでの製作側の意識を想像することは、多分難しい。
 むしろ、想像できないのが普通。

 だから、まず、映画撮影自体のことよりも、自分のことを優先して考えてしまうのだろう。
 それも仕方がないことではあろう。
 
 夜10時半を過ぎた頃には、終電に乗るために市民俳優の方々の半分以上はスタッフの手配したバスに乗って、現場を後にする姿も。

 台本にしてあと1ページちょっとの場面の撮影が、なかなか進められないでいる。

 現場の空気が悪くなりかけたのを察知してか、大人・エリカ役の藤田朋子さんが、まだ残ってくれている市民俳優の人たちに声をかけ、その場を和ますような冗談を言っているのを見かける。

 一般の市民俳優の方々には、普段テレビのバラエティなどでも見かけている藤田さんが声をかけてくれることが、非常に分かりやすい部分で、気持ちを盛り上げてくれているように見える。

 もちろん、そこも分かったうえで、藤田さんはそうした役回りを受け持ってくれていたのではないだろうか(これは僕の推測でしかないが)。

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 終電に乗らない覚悟を決めた市民俳優のみなさんと、かもめ座での最後のシーン撮影が、夜11時過ぎに始められる。

 大人・多香子たちの高校生時代の同級生たちも、かもめ座でのイベントを知り、駆けつけて来た、という場面。

 大人・多香子と、30年ぶりに会う、かつての友人たちとの邂逅に、監督は一人一人違った芝居を要求。

 この場面は何度かのテストを行った後に、一発でOKとなった。
 この日予定されていた撮影が、すべて終了したのは、夜中の0時少し前。
 監督の「OK!」の声に大きな拍手が沸きあがる。

  その顔のどれもが笑顔ではあるが、さすがに降り続ける雨の中、深夜に及ぶ撮影で、市民俳優のみなさんの顔にも疲れの色が浮かんでいるのも確か。
 しかしながら、最後まで参加した方々の一部からはこんな声を聞く事が出来た。

「貴重な経験が出来ました」

 その言葉は、それまで映画撮影現場を知らなかったゆえに出てきた言葉だろう。
 イベント感覚で撮影に参加した人たち(あくまで自分たちが主体)から、一緒に映画製作というものに参加した人たち(映画撮影が主体)へと、心境が変化したゆえの言葉だったのではないだろうか。
 つまり、最初はお客様感覚だった者が、撮影スタッフとなった瞬間でもある。

 長い時間を一緒に、苦労した時間を共有したゆえに、市民俳優の方たちにも、そうした意識が芽生えたのだろう。
 そして、そうした意識が生まれることによって、参加した映画撮影の現場には、より一層の愛着と応援意識が生まれるはずなのだ。

 映画は監督だけでは作れない。
 出演俳優だけでは作れない。
 現場で奔走するスタッフだけでは作れない。

 映画に携わった関係者たち全てと、製作過程の細かいことを知らない、その日だけ参加する市民俳優たちもいて、全てのものがひとつになって映画は1本の映画として存在できるようになる。
 それをこの日、雨の中で傘もささずに何時間も並んで撮影に参加した人たちは共有したのだ。
 長いこと掲載し続けてきたこのルポで、多分そんなことを僕は伝えたかったのかもしれない。
 
 かもめ座での現場撤収作業を終えたのは、夜中1時少し前。
 チャーターされたバスに乗って解散していく市民俳優の皆さん。
 それを見送りながら、手を振る監督や出演者、スタッフ。
 バスの窓から手を振る市民俳優の方々。 
 この撮影に参加してくれて、苦労を共にした市民俳優のみなさんに報いるには、この映画がたくさんの人の目に触れること。
 それを強く感じた夜となった。
 
 スタッフ宿舎に戻ったのは結局深夜2時頃。
 すぐに就寝せずに、翌日の撮影手配に余念がないスタッフ。
 この時間になる頃には、ようやく雨も上がり、夜空に星も見え始めてくる。
 雨で冷えきった身体は疲れているはずなのに、妙に頭は冴えている。先ほどまでの撮影の熱気がまだ身体に残っているのかもしれない。

 いよいよ翌日の撮影が、本編の最終撮影日となる。

 撮影初日の段階では、この日が来ることは予想していたとはいえ、全く現実的には思えていなかった。だが、あと1日を残すのみとなると、この3週間あまりがなんと早かったことか。
 このルポを読んでくださった方々には、撮影現場の様子が少しでも届いただろうか・・・。

 もしも何か、このルポを読み続けて、映画撮影の現場に参加したい、と思う人がいるとしたら、それは僕の書いてきたルポもなにかしらの役に立ったことになるのだろうか。
 
 翌日、撮影最終日の午前中は俳優の芝居はなく、実景撮影から始まる予定となっている。なんとか快晴の中から撮影を始めたいもの。
 そんな最終撮影日の感動と興奮の様子は、「向日葵の丘 1983年・夏」劇場用パンフレット中に掲載される。

 そちらをお読みいただくことによって、このルポは完結を迎えることになる。ぜひお読みいただけると嬉しい。
 
 そしてこのルポも次回がついに最終回。

 次回は本編撮影最終日の様子ではなく、特別編として、撮影が終わってから2カ月後の夏に最盛期を迎えた向日葵畑の様子を撮影した時のことをエピローグ版として掲載します。


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映画「向日葵の丘」撮影現場ルポ その29 ~雨の中、撮影は続く~ [撮影ルポ]

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 あと2話で完結!!

by 永田よしのり(映画文筆家)

 5月5日も、もう夕方。
 相変わらず雨は止むことなく降り続いている。

 そんな中、かもめ座の周りには市民俳優たちが大挙集合して来ていた。その数およそ200人!
 これから撮影されるシーンは、映画本編でも本当にラスト近くの場面。すっかり暗くなってきている場所に何本も照明のためのスタンドが立てられていく。
 照明が点くと、その光の中に雨粒が落ちてくる様子がよく見える。 俳優たちも大人・多香子、大人・みどり、大人・エリカ、大人・将太らが集合。

 俳優たちが現場に入ってくる度に、市民俳優たちからは「あっ、常盤さん!」とか、「別所さん格好いい!」などと声が上がる。

 少しだけこの時に大人・将太役の別所さんと自分の役について話した。「ここでの撮影もそうだけど、前向きに妻のために何かできることを協力してあげたいという気持ちを、自分の表情や台詞の言い回しで出していきたいんですよね」と、実に爽やかに、かつ頼もしく語ってくれている。
 現に大人・将太役の別所さんは、その言葉通りに、けして前面に出過ぎず、それでいて控えめすぎない演技をされているように僕はそれまでのシーンで感じていたので、それがこの時の発言で証明されたわけだ。

 周囲もすっかり暗くなった午後7時過ぎに、本格的に撮影が開始。
 かもめ座の前から脇の道まで、市民俳優の方々が一列になって並び始める。テレビドラマなどでよく見る画としてはクレーンを使った撮影で、並んでいる様子を上空から俯瞰で撮るような場面だが、ここにはクレーンなどはない。しかしながら、そうした道具を使わなくてもたくさんの人が並んでいる臨場感は、映画でしっかりと伝わるはず。

 かもめ座の周囲にはスタッフや見物人も含めて、200人ほどの人がいる。雨足はかなり強くなってきている。




 撮影が始まる前のテスト段階では、市民俳優の方々も傘をさして並んでいるが、本番の時は傘をたたむ。

 その時に雨が小降りになるといいのだが。

 演出部は市民俳優たちにこれからの撮影の流れや、各人たちの動きを説明していく。
 そんな撮影前の様子などを、見物人たちは自分の携帯電話で撮影している姿があちこちに。
 その行為を止めてもらうように、スタッフは一人一人に説明・お願いして回っている。
 映画撮影の現場では、そうしたことはよく見られること。

 一般の見物人たちは、映画撮影が珍しいだろうし、自分たちのトピックのひとつとして受け止めているから、写真撮影は当たり前のことと捉えているのだろう。

 しかしながら、今、撮影されている映画は、これから世に出るものであり、まだ正式に宣伝活動もされていない作品。それを勝手に写真撮影して、例えばツイッターや個人のブログなどにアップすることは、無許可の行為であり、ある意味での違法行為にも成り得る、ということもある。

 なのでこれを読んでいる方たちが、どこかで撮影現場に遭遇した時などは気をつけていただきたいと思う。

 そんな中でも雨は無情に降り続いている。

 5月とはいっても、夜の雨、外にずっと立っているのはかなり寒いはず。
 それでもスタッフの説明通りに何度もリハーサル・テストを重ねる市民俳優たち。
 大人・将太の劇中での挨拶台詞と共に、市民俳優の約100人がかもめ座の中に移動して行く。
 それが何度も繰り返されていく。

 田中美里演じる大人・みどりの乗る車イスの導線も、車輪が溝にハマって引っ掛かったりしないようにしっかりとチェック。

 そんな中、雨が一瞬小降りに。
 「さあ、行きましょう!」
 と言う監督の声と共に、本番が始まる。
 列に並んでいる市民俳優たちの列に藤田朋子演じる大人・エリカがその場のアドリブで元気に声をかけている。

 その声に市民俳優のみなさんの顔にも笑顔が宿る。
 それでも雨はまた強く降り始め、一旦の中断。
 そして弱くなった時点でまた再開の繰り返しが続く。
 雨中で何度も同じことを繰り返す撮影で、最初は元気だった市民俳優たちにも次第に集中力がなくなっていくのが分かる。

 撮影スタッフは、ついにここである決断を下すことになるのだった。(つづく)


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映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ その28 [撮影ルポ]

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~常盤貴子と藤田朋子のツーショットが実現~
by 永田よしのり(映画文筆家)

 お昼からのバスでの移動撮影が終わった後は、島田市内のある喫茶店を借りての撮影に。
 お昼休みを挟んで、スタッフはすぐに移動。撮影の準備を進めていく(僕が後から到着した時にはすでに撮影の準備はほぼ完了していた。本当にこのスタッフの仕事の早さには驚かされる)。

 ここでのシーンは、映画の冒頭で、大人・多香子と大人・エリカが喫茶店で会話を交わす場面。

 つまり、大人・多香子演じる常盤貴子と、大人・エリカを演じる藤田朋子が初めてツー・ショットで登場する場面となるのだ。

 午後3時過ぎ、シックな店内に市民俳優の方たちも参加しての撮影が始まる。

 ここでの場面は2人だけの会話シーン。

 キャメラアングルなどのカット割りなどに、やや時間がかかる撮影となる(店内の一番いいポジションを監督と撮影監督が探しながら場所を決めていく。ポジションが決まれば、キャメラ位置や照明機材もその撮影に合わせて移動、確定していくのだ)。

 大人・多香子と大人・エリカの芝居を、引きから寄り、また引きとなる一連の撮影。

 ここでは藤田の要望で、カット割りをせずにひと場面づつすべての台詞流れの芝居を撮影していく(俳優の心情上、1シーンの芝居を途切れさせずにひとつのカットで撮影しきるやり方が採用された)ことに。

 会話だけのシーンではあるので、ある意味、大人の女優たちの見せどころのひとつになるのかと思っていたら、意外にそんな丁々発止的なことになることもなく、実にさらりと、スムーズに撮影は進んでいく。

 本当に昔からの友達が久しぶりに喫茶店で会って会話している、そんな様子にしか見えない普通さ。

 後にインタビューした際には、なぜ、大人の女優、しかも初対面の者同士がそれほど自然に振る舞えているかの理由も語られている。そこで僕も彼女たちの自然さの出発点を知ることになったわけだが、この時点ではまだ判明してはいなかった(劇場用パンフレットのインタビューでそれぞれの女優たちが、この映画での役に体する姿勢を明らかにしているので、ぜひ読んでいただきたいと思う)。
 
 喫茶店内での大人・多香子と大人・エリカ2人の会話シーンを終えた後は、すぐに次の撮影現場に移動。

 まだ陽のある夕方からは(と言っても雨模様のために、すでにかなり薄暗くなっている時間帯となってしまった)、映画館・かもめ座での撮影となる。

 移動を終えてから監督に「今日は雨でつらいですね」と聞くと、「雨の中でも頑張ってやろう、というイメージになるので、雨はむしろジャマにはならないと思ってる」との答えが返ってきた。

 映画の撮影現場は当たり前だが、何にでも前向きに捉えるのだと改めて感じ入る。

 かもめ座の前では、まずは市民俳優の方々と、大人・多香子、大人・みどり、大人・将太の3人が揃う。

 現在では使われなくなり、古びてしまったかもめ座を、ある目的のために掃除しようという場面が撮影される。

 雨はやや小降りにはなったが、まだ止んではいない。

 かもめ座の外観を撮影するために、キャメラには雨粒がかからないようにビニールカバーをかけて、撮影が開始される。

 キャメラ・ポジションを決めて撮影、移動の繰り返しが何度か行われる。

 雨も降ったり止んだりを繰り返しているが、スタッフは雨具を着用することもなく動き続けていく(雨がずっと降り続けているなら、雨合羽などを着用して撮影に臨むが、着替えする時間も惜しいのだろう)。 

 天気予報では「今日は1日雨」。その予報は当たりそうである。

 太田組の撮影現場では、これまで比較的天候には恵まれていた記憶がある。雨の日もその雨を映画では効果的に盛り上げるための自然状況のひとつとして撮影には利用されてきた。

 雨の話をすると、映画撮影では外でロケしている時に、劇中で雨が降る場面では雨ふらしと言って、スタッフが人為的に大量の水を撒いて雨を表現する。

 自然の天候の中で、雨が降るのを待つことはスケジュール上も出来ないからだ。しかしながら雨を表現する水も無料ではない。大作映画などでは使用する水の量が何十トンにも及ぶことがある。その金額だけでも大変なものになるのだ。

 よく使用されるのは消防車での水撒き。

 しかしながら、一番の問題は水の確保。どれだけの水をその撮影で使用するか、貯水場や河川などが撮影現場の近くにあるならいいが、ない場合は消防車にある貯水量で賄わなければならなくなる(今作では劇中で雨の降る場面では近くの河川から水を組み上げて雨降らしをしている)。

 この日の雨も、これまでの太田組撮影現場でのように、撮影に影響を及ぼすところまではいっていない。不思議なことに、いざ撮影の段となると雨脚が弱まったり、ということが何度もあった。

 本当に不思議で、神がかっているとしか思えない現場。

 しかしながら、その神通力もこの日の後半には効かなくなっていくことに。(つづく)

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映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ その27 ~雨模様の中、街中で撮影~ [撮影ルポ]

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映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ その27
~雨模様の中、街中で撮影~

by永田よしのり(映画文筆家)

 いよいよ撮影もあと二日間を残すだけ。

 5月5日、ゴールデン・ウィークを満喫した人たちは帰宅ラッシュを迎えようという日、午前中から大人・多香子(常盤貴子)が、帰省した地元での道すがらの様子を撮影することから始まった。

 ロケ場所も主に島田市の金谷地区。

 かもめ座の前、カメラ店の前、レンタルレコード店の前、書店の前などを大人・多香子が巡り歩く場面だ。

 台詞はない場面ばかりなので、情景カットをどんどん撮影していく。

 天気予報は雨だったので、雨に降られることなく撮影が続くことを祈る(途中から雨が降ってきたりすると、その前に撮影した場面とのつながりがおかしくなる。

帰り道の途中で雨が降ってきた、という体で途中から傘をさして多香子が道を歩いてもいいのだろうが、できれば同じ様子で撮影したいはず)。

 街中を歩く場面なので、道路を通る車などは自然に流れていくままで撮影していく(もしかしたらその時にたまたま通りかかった車は映画の中に登場しているかも。記憶のある人がいたらぜひ映画でチェックしてみるといいかもしれない)。

 ある店に貼られている「閉店しました」の貼り紙は、スタッフが風になびいている様子を現すために、実際に自分たちの口で吹いて風を送り、パタパタとたなびかせている。これは映画で画面を観ているだけでは絶対に分からない、裏の様子だろう。

 午前10時過ぎには、天気予報が当たり、ポツリポツリと雨粒が落ちてくる。
 だがそれほどの雨量ではないために、様子を見ながらの撮影が続く。
 僕らも自分たちで傘をさしたりしながら、撮影の様子を見守る。
 ほとんど雨が降らなくなるような瞬間を待って、撮影が続く。

 現場では、大人・多香子の歩く導線をきっちりと決め、最小限の動きと時間で撮影されていく。
 「もしかしたら1日こんな天気かもしれないですねえ」
 助監督とそんな話をすると、「これくらいの雨なら大丈夫でしょう。土砂降りになったら困るけど」と返事。

 その不安は後に的中してしまうことになるのだが。
 午前11時頃には小降りの雨の中、大人・多香子が街を歩く様子の撮影が終了。
 次は大型バスをチャーターしての撮影へ。

 このシーンは大人・多香子が帰省する時に乗っているバスの想定。その車内での様子を撮影するのだ。
 40人は乗れる大型バス。

 レンタルしているのは2時間ほど。
 その時間内にバイパスや幹線道路などを走ってもらい、車窓からの茶畑の風景や、車内での様子を撮影していく。

 通常走行や、少しスピードを上げての走行など、走り方にもバリエーションをつけてバスには走ってもらう。

 先日ロケをした病院や、きれいに刈り込まれた茶畑などが車窓からは見える。映画とは関係ない話かもしれないが、茶畑の刈り込んだ形がそれぞれにけっこう違うことに初めて気づいた。これは畑主の好みなのだろうか?

 走っているバスの中ではスペースにも限りがあり、なにしろ揺れることもあるので、キャメラのセッティングや、キャメラを回すタイミングなどにも気を使う。

 そんな中でもいくつかのバリエーションをつけて撮影は始まっていく。
 車窓の外を撮影する時は、スタッフが窓についている雨粒を拭いてから撮影したり、その場その場で臨機応変に動いていく。

 バスで移動しながらの撮影は予定通りの2時間ほど。

 まだ雨は降ったり止んだりしているが、渋滞に巻き込まれることもなく終了。最初に乗ったバス待ち合い所まで戻って来た。

 大人・多香子を演じている常盤貴子の表情が、とても憂いのあるものに見えていただけに、この一連のシーンがどのように映画で使用されているのかが、とても気になる場面だった。(つづく)


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映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ その26 [撮影ルポ]

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映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ その26
~16時間の撮影が続いた1日~

by 永田よしのり(映画文筆家)

 田中美里演じる大人・みどり、常盤貴子演じる大人・多香子との病室での再会シーンを撮影し終えた後は、場所を移動。

 病院の屋上で2人が会話を交わすシーンの撮影に移る(実際の映画では別の日のシーンとなるのだが、撮影自体は同じ日に撮ってしまうのだ/つまりみどりと再会してから日時が空いた後の場面となるために、大人・多香子となるために大人・みどりの心境にも少し変化が生じているという演技が要求されているのだ)。

 パジャマ姿の大人・みどりと、大人・多香子が、別所哲也演じる大人・将太が自分の子供たちと遊んでいる姿を見ながら、あることについてみどりが多香子に謝り、そしてそれに付随してある計画を多香子が思いつくという場面だ。

 屋上から眼下に見える街の風景を見下ろす2人。




 まだ夕方になる少し前の時間帯、天気は良く、時に流れていく風も心地良い。

 2人の姿をキャメラはアップ(近づいて人物に寄っての撮影)、ロング(離れた場所から人物の全体を撮影)と、数カットが撮影される。ロングの場合は監督やキャメラなどのスタッフは、かなり上の位置から撮影していた。




 数十分前の涙に溢れていた病室とは、やはり外での撮影は雰囲気も違い、やはりどこか開放的に感じられる。

 そんな場所だからこそ、大人・多香子がある計画を思いつくに至るのではないだろうか。そんな計算もされて脚本が書かれているような気がするのだが。
 
 病院の撮影を全て終えたのは陽が暮れかかってから。

 田中、常盤の撮影シーンは終わり、次に家山地区にある島田市の川根文化センター・チャリム21へと移動。

 これからは夜の撮影、映画館かもめ座での撮影となる。

 ここへも美術スタッフたちは、他のスタッフたちよりも早くに移動して来ている。

 内部の飾り付けの最終確認や、段取りなどに忙しく動いている。撮影もかなり終盤戦。見ているとやはりそれぞれのスタッフたちには疲労の色が見え隠れしている。

 俳優陣は津川雅彦演じる梶原支配人、その孫娘スタッフ信子役の市民俳優Mさん。芳根京子演じる高校生・多香子、藤井武美演じる高校生・みどり、百川晴香演じる高校生・エリカ、病院撮影より移動して来ている常盤貴子演じる大人・多香子、田中美里演じる大人・みどり、別所哲也演じる大人・将太、さらに藤田朋子演じる大人・エリカの姿も。

 その他に市民俳優の方たちが20人ほど、という大所帯に。

 この場所でポスター撮影や、地元のテレビ局の取材で各俳優たちへのインタビュー取材も入るため、この場所での撮影には映画の撮影以外の段取りも必要となる。




 現場対応のスタッフは、それぞれの時間対応や、撮影の段取り、俳優たちの動きなども合わせて検討している。やはりいつもの撮影隊だけではない、外部スタッフが入ってくると、動きも慌ただしく思えてくる。

 俳優陣の控室をのぞくと多香子、みどり、エリカの大人役の3人と高校生役の3人が談笑している。多分、これまでの撮影でこの6人が揃うというのは初めて。そこに津川、別所らも加わり、まるでずっと長く一緒に同じ場所で時間を過ごしたひとつの家族のよう。

 何か胸の奥が暖かくなる瞬間を感じてしまう。

 監督は「大人の多香子たちと、高校生の多香子たち、3人それぞれが僕にはダブって見えてしまってるんだよねえ」と、笑う。

 テレビ局取材などを終えて、次の撮影に。

 かもめ座での梶原支配人の細かい場面数シーンを撮影(客席に座っているシーンには市民俳優たちも参加、他にも劇中では写真として使われるシーンなどを数カット)する。

 梶原支配人の撮影は小1時間ほどで終了、津川雅彦の出演場面は、この日で終了、花束が渡され、スタッフ・キャストらの拍手と共に手を挙げて退場して行く。その姿を常盤、田中、藤田、別所らも拍手で見送っていた。




 この時点で夜も9時半近く。

 そして、場面は変わり、高校生・多香子、みどり、エリカが、かもめ座で映画を観ながら、自分の感情を押さえ切れなくなる、という場面が撮影される。

 ここでは監督から「エリカの本質を、多香子とみどりが見てしまい、気持ちが分かることで一緒に感情があふれ出るシーンだから」と3人に説明がある。  

 この場面は映画本編では比較的前半で登場するシーン。
 だが撮影はこの終盤になった。

 それは以前にも書いたが、ひとつのロケ場所を何回も訪れなくてもいいようにと計算されている(そこでの時間軸が変わっていたとしても、同じ場所で撮影出来るシーンは、重ねて撮影するという合理的な方法)、撮影スケジュールの関係上でのこと。

 もちろん、ここで実際に高校生・多香子たち3人娘たちの前に映画が上映されているわけではなく、スタッフが、スクリーンのある位置にライトを当てて、映画が流れているように演出がされているのだ。

 それにより、彼女たちは実際に映画を観ているような想像と感覚で芝居をしているわけだ。役者というのは本当に想像力の仕事なのだ、と実感する場面でもある。

 そんな撮影が終了したのは、午後11時を過ぎた頃。

 今日は、長いシーンがあったため、実に16ページ分という、今までの撮影で一番多い分量を撮影(脚本のページ数の多い少ないで、その日の撮影の撮影時間が決まるわけではけしてないのだが)。

 朝7時頃から動いていることを考えれば、実に16時間の稼働ということになろう。

 スタッフたちの疲労もピークに近くなってきているのではないだろうか。
 撮影もいよいよあと2日。

 明日は大人・多香子が、帰郷して実家に帰る道すがらの情景場面などから撮影をする予定だと、帰り道で聞いた(つづく)。

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映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ その25 [撮影ルポ]

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~田中美里の病室での芝居に涙~

by 永田よしのり(映画文筆家)

 午前中からずっと病院の廊下などで撮影していたシーンを終え、昼食休憩を挟み、田中美里演じる大人・みどりの入院している病室での大人・多香子との再会シーンが撮影される。

  そのシーンは、島田病院の別棟4階にある、一般病棟とは別の棟にある病室を借りての撮影だ。
 部屋番号は4506号室(ちなみに相部屋であり、そこには相田雅子という女性のネームプレートが掲げられていた)。

 まずは廊下から別所哲也演じる大人・将太と、常盤貴子演じる大人・多香子が大人・みどりの病室にと入って来るシーン。

 ここでの将太の「みどり、多香子さんが来てくれたよ」の台詞では、監督は将太に「台詞を言う時のヴォリュームを少し落として」と指示。

 台詞の言い方による感情表現を押さえることにより、この場所が病室であるということや、周囲の入院患者への配慮なども見てとれるようになる。

 さらには、将太がみどりと多香子に対しても、今どんな心情なのかを、さりげなく演技の中で見せてくれているのだろうと思う。

 廊下の奥(もちろんキャメラに写り込まない場所)には、病院の看護士たちも撮影の見学にやって来ている。

 僕には聞こえていたが、常盤貴子を見ての看護女性士たちの「常盤さん、顔小さ~いっ!」という、あまりに素直な感想にちょっと笑ってしまう。一般の人たちが女優さんたちを目の当たりにすると、そういう感想が出るものなのだなあ、と改めて思う。

 しかし、実際に映画を観ている観客からすると、この場面もそうだが、実際に画面にはここでは3人しか写っていなくとも、その周囲には30人以上の人間がいるとは絶対に思わないのではないだろうか。

 実際に俳優たちが台詞を言う時にも、画面に写らない場所には、音声録音部のマイクが差し延ばされており、俳優たちの頭の50センチ上とか、極端な場合などは2メートルほど上空にかざされていることもある。

 マイクをつけたムーブスタンドの重量は、片手で持てるほど軽いものではなく、そこそこに重いものなので、録音部スタッフの腕力はかなりのものではないだろうか。映画撮影はやはり体力勝負な部分も多分にあるのだ。

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 病室から将太が出て行き、大人・みどりと大人・多香子の2人だけのシーンとなる。

 ここではみどりが、この日再会した多香子が古里にいなかった時間の経過の中での思いでを吐露する場面。

 台詞は台本にして7ページもある、ある意味この映画の見せどころのひとつ。

 なので、監督と大人・みどり、みどりの話を聞く大人・多香子は撮影前に打ち合わせ確認していく。

 前日にこのシーンの撮影についてそれぞれに話を聞いてみると、監督は「悲しいけれど、人の死というのは色んなことを教えてくれるもの。だから、僕はこのシーンは〃思い〃を持った人に演じて欲しいと思っていた。人生という時間は必ず進んでいくのだということも含めて」

 田中は「死ぬことの準備が出来るという意味も持つ病室でのシーン。そこでまだ自分が生きていることを知るわけで、自分の生き死にをも教えてくれる場面になればいいなと思う。そしてそこで私と常盤さんとの化学反応が生まれれば絶対に、いいシーンになると思ってます」

 と語っていた。

 そんな田中はこの日の撮影のために、「病院に入院しているんだから髪が長いのは変かもしれない」と、髪をショートカットにして臨んでいる。

 本番前にテストが行われる。なにしろ7ページもの台詞があるシーンだ。それを一気に撮ってしまう。当然何回かに分けて撮影するのかと思っていたら、カットなし、感情のあふれるままに1カットで撮影するのだと監督。

 その長い台詞、大人・多香子とのやりとり全てが身体に入っている田中は流石プロフェッショナル!と言うしかないだろう(当たり前なのだろうが、そんなことにもいちいち感心してしまうのだ)。

 テストでの芝居の流れを見ているだけで、引き込まれてしまう。
 感心すると共に、役者の演じることの表現に感動する。

 カット割りが必要なシーンであるはずなのだが、実際にはどんなカット割りになるのか?
 本番の芝居中に見ていて泣けてしまう可能性が多々あったので、僕はテストが終わると隣の空き部屋に移動、壁越しに音だけを聞いて、芝居を想像することにした。

 このシーンがどんな場面に仕上がっているか、はぜひ映画館で確認していただきたい。(つづく) 


 8月22日(土)東京先行ロードショー。品川プリンスシネマ


映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポその24 [撮影ルポ]

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~田中美里、常盤貴子、別所哲也が揃っての撮影が開始~

by 永田よしのり(映画文筆家)

 5月4日、快晴。
 巷ではゴールデン・ウィーク後半で、そろそろ帰省先から自宅へ戻ろうかという動きも出始める頃。

 撮影スタッフは朝7時から、島田市内にある島田病院を借りての撮影に向かった。

 今日はここで田中美里演じる大人・みどり、常盤貴子演じる大人・多香子、高校生の頃の多香子が少し憧れていた近所のお兄ちゃん将太が大人になった大人・将太を演じる別所哲也の3人が撮影に参加することに。

 総合病院での撮影であり、市民俳優も5~60人の人たちが病院の廊下や待合室などで、混雑している病院の様子を表現するために参加している。

 監督からは「映画に参加してくれている市民俳優のみなさんは、撮影本番までここで待つこともお仕事になります。ですが皆さんの協力なくしては撮影はできません。今日はよろしくお願いします」と挨拶。
 その言葉に拍手で応える市民俳優の方々。

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 島田病院は島田市で一番大きな総合病院。駐車場も広大で、日曜日の本日は通常診療は休止。だが一般の見舞い客などはやって来るために、映画撮影のことを知らないでやって来る人も。

 スタッフはそんな見舞い客にも丁寧に映画撮影の概要を説明していく。

 まずは廊下での病院の様子などを撮影。

 薄暗い廊下は、これからの多香子とみどりの再会場面での、多香子の不安な様子をかきたてるようにも感じられる。

 待合室などで座っている市民俳優たちは、どうしても顔見知り同士で固まってしまう傾向があるために、助監督からみんなそれぞれにバラバラに座ってもらうように指示が出る。

 1階廊下場面で市民俳優たちの動く導線を決めて、大人・多香子の歩く速度、動きの流れなどをテスト。

 キャメラは多香子の動きを追うために手持ちの目線キャメラで撮影。この時廊下を移動して撮影を続けていくためにスタッフの足音が聞こえないように靴を脱いで、皆が靴下だけになっての撮影。このあたりのプロの動きは実際に現場で見ないと分からないことだろう。

 そのシーンを終えた後は、大人・将太とその子供たちも参加、将太と多香子、みどりの主治医とが、廊下でみどりの病状について話す場面を撮影。

 大人・将太を演じる別所は、ロケ地でもある島田市出身の俳優。この話が来た時から「自分の地元、島田市で撮影する映画にはぜひ参加したい」という思いがあったと言う。

 撮影合間には自分の子供役の男の子、女の子とも優しく接し、自然に親子のような関係性を構築しようとしているように見える。

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 病院でのロケについて監督は「実際に人の生き死にがある場所、病院でしかない空気感を出すために、こうした本物の病院での撮影は必要なものなんです」と語っている。

 確かに病院の廊下場面や、病室の場面などはセットでも撮影が可能な場面でもある。しかしながらこうした実際の病院を使用することで、そこでの空気感は間違いなく出てくるものだろう。

 なにぶん市民俳優の人数も多く、カット割りも細かくしていったために、意外と病院廊下での数シーンは時間を要した。

 少しの休憩を挟んで、次はみどりの病室で、多香子とみどりが再会するシーンが撮影されることになる。(つづく)
 

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映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ その23 テーマ:映画について [撮影ルポ]

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映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ その23
~この日の撮影終了も夜11時過ぎに~

 by 永田よしのり(映画文筆家)

 かもめ座での撮影が続く5月3日。
 梶原支配人(津川雅彦)と、高校生・多香子(芳根京子)、みどり(藤井武美)、エリカ(百川晴香)らの出演場面があらかた撮影を終えた頃、現場を見学に来ていた常盤貴子が、夕方6時過ぎに退出して行った。
 さて、いつもは撮影現場のことを中心に紹介しているが、今回は撮影現場に居ることにより聞くことが出来た話や事象もいくつかご紹介してみよう。
 場面転換セット・チェンジや、キャメラ位置の移動などには時間のかかることもある。その間に出演者たちはしばしお茶を飲んだり、差し入れのお菓子をつまんだりして休憩をするわけだが、そうした時間には意外と面白い話を聞くことができたりする。

 例えば、現場を見学にやって来た常盤貴子からはこんな話を聞けた。「太田監督の作品は前にも観てるんだけど、撮影がある前の夜とかにはいただいたDVDを部屋で絶対に見直さないの。だって、泣いて目が腫れて次の日の撮影に影響したら困るでしょう」

 さらに自分がどんな風に本編で写るのかの意識を聞くと「もうそれは安心してるから大丈夫。だって撮影は大林監督の『野のなななのか』でもご一緒した三本木さんのキャメラだもの」という全幅の信頼を語ってくれた。このふたつの話だけでも、本作品「向日葵の丘 1983年・夏」への常盤貴子の期待感を感じることができるのではないだろうか。

 梶原支配人役の津川雅彦は、いつ見ても堂々とした中にその存在感を湛えている。それでも休憩時間には気さくに市民俳優たちとも話をするし、差し入れの草団子を摘まんだりと、リラックスしているようにも見える。こうした大ベテラン俳優の存在というのは、映画の中に1本、芯を与えるものなのだということを現場では実感してしまう。


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 キャスティングのネーミングについてもこんな話を聞けた。太田監督は和歌山県出身ということはファンならばご存じだろうが、今回、百川晴香が演じている高校生・紀三井寺エリカの名字・紀三井寺は、和歌山県紀伊本線に実際にある和歌山市の駅と熊野街道沿いにある仏教寺院の名称(正式名は紀三井寺山金剛宝寺護国院/きみいさん こんごうほうじ ごこくいん)からの命名とのこと。和歌山県人ならば知っている場所だとしても、普通は知らないこと。こんな話も撮影現場で色々な人と会うことで知れることなのではないだろうか。

 かもめ座でのシーンがひとつひとつ終了していくと、そこから美術スタッフによって、そこで使用されていた飾り付けがどんどんはずされていく。シーンセットはどんどんその役目を終えていくことに。そしてその作業をしながらも別の撮影は他の現場で続いていくのだ。

 そんな作業を見ているとつくづく映画の現場というものが、そこに参加しているスタッフたちの情熱とプロフェッショナルな経験で作られていくことを実感する。
 それは例えば大資本の映画で、大量のスタッフがいたとしたらどうだろう? もしかしたら人数が増えることで、責任感に希薄さが生じることもあるかもしれない。
 小さい歯車が少しずれたことで、大きな機械は後に修復ができないことに陥ることもあるかもしれない。

 だが小さな機械ならばすぐに修復できると思うのだ。
 そんな例えが適切かどうか。小人数であってもできることは多分変わらない。むしろ小人数の方が責任感や誇りは勝るような、そんな気がする。
 午後8時を過ぎ、かもめ座ではナイト・シーンになる。

 梶原支配人単独でのダンス・シーンや、記念写真が撮影されていく。ここで監督と助監督で梶原支配人の記念写真に背景が必要か否かで意見が割れる。監督は「背景はむしろいらない。支配人の姿だけで充分」と説明。アングルの背景決めがなかなか決まらない。

 そんな場面でふいに、津川雅彦演じる梶原支配人が「仰げば尊し」を口ずさみ始める。
 以前の撮影で高校生・多香子が涙を流さなければならないシーンで、「頭の中で『仰げば尊し』を歌うんです」と言っていたのを思い出す。その偶然を見た後に、高校生・多香子を演じる芳根京子が独りでかもめ座の外の真っ暗な階段・踊り場に座っているのを見つけた。

 黒髪が風になびいて、その顔を隠しているので表情までは分からない。なぜ、彼女は独りで真っ暗な階段に座っていたのだろう。声はかけられなかったが、その心情はどんなものなのだったのか。




 そして夜9時過ぎ、かもめ座での撮影は終了。
 この日はこれで終了とはいかず、予定されていた最後のシーン、かもめ座の映写室での場面撮影(梶原支配人が高校生・多香子、高校生・みどりに映写室内部で8ミリカメラを手渡す場面)のために、島田市「おおるり」映写室へと移動。




 「おおるり」に移動すると、翌日からの撮影に参加する大人・みどり役の田中美里が撮影現場に陣中見舞いにやって来た。すでに夜10時にもなろうという時間帯。




 「明日からの撮影前に、まだ撮影をしていると聞いたので、現場でご挨拶しようと思って」やって来たのだと言う。
 ここで初めて高校生・みどり(藤井武美)と大人・みどりが対面することに。田中は「何か変な感じだね」と、藤井に笑いかけていたのが印象的だった。
 午後11時半過ぎ。この日の撮影は終了。
 翌日はいよいよ大人・多香子と大人・みどりが中心となるシーンが撮影される。本編撮影もあと数日を残すのみとなってきた(つづく)。


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映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ その22 [撮影ルポ]

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映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ その22
~緊張感もいつしかほぐれていく現場~

by 永田よしのり(映画文筆家)

 映画館・かもめ座での撮影は、午後になってからは、かもめ座の梶原支配人、高校生・多香子、みどりの3人が中心となる撮影が続いていく。

 梶原支配人を演じる津川雅彦の出演シーンのテストが、立ち位置や動きなどを含めて何回か繰り返されていく。その姿を見ていると、台詞を言う間といい、抑揚といい、テストからでも存在感がひしひしと伝わってきて、つい見入ってしまう。この重鎮俳優に若い俳優2人がどう立ち向かっていくのか、が気になるところ。
 まずは1階の階段前で、梶原支配人が上映作品のポスターを貼る場面。壁にポスターを貼りながらの3人の芝居。監督は3人の立ち位置を含め、動きを検討していく。

 そこでまず驚かされたのは、梶原支配人の演技。テストの時とは明らかに1段階、2段階上の芝居で攻めてくる。テストの時にはなかったさらに効果的な動き、表情、台詞を言う間、それらが間違いなく本番ではテストの時とは違うのだ。
 その芝居に引っ張られるように、若い2人の俳優も芝居の質を上げていく(こちらもテストの時より明らかに高陽感が感じられるのだ)。

 大ベテランの俳優が、撮影現場で若い俳優たちを育てて行く、というのはこういうことなのかもしれない、と感じる場面だ。

 続けて、2階のロビーへと上がって行きながらの芝居。

 台詞を収録するための録音部は、階段の上部から集音マイクを伸ばして対応。キャメラに写らない位置を確かめ、そこからマイクを伸ばすために態勢はかなり苦しそうだ。集音マイク(先にマイクを付けたスタンドの長さは2メートルから3メートルはあるだろうか。重さも1~2キロはある)を持つ腕の筋肉が収縮しているのが分かる。こちらも技術と体力が必要とされる仕事だ。

 階段を上がり、ロビーに入ると、隅には太田映画にはよく登場する「いちご地蔵」がちょこん、と置かれている。太田映画ファンならばどの場面にそのいちご地蔵の姿が写るか、も楽しみなところかもしれない。

 かもめ座ロビーでの撮影が続く、夕方4時半頃。かもめ座での出演シーンのない大人・多香子役の常盤貴子が、差し入れを携えて撮影現場にやって来た。

 大先輩の津川雅彦の出番初日ということで、自分の撮影シーンではないが挨拶にやって来たのだと言う。

 シーン変わりのセッテイング中にひと時の休憩。主演女優が現場にやって来るだけで、現場の空気感が変化していくのが分かる。それは緊張感と共に、常盤貴子という女性の持つ柔らかさとでも言うのか、現場に和みももたらしてくれる。色々なものを含めて、常盤貴子という存在感がその場所を支配してしまう。これが主演女優の持つ力なのだろうか。
 
 夕方からは市民俳優たち15~6人を入れて、高校生・多香子たちの映画撮影の1シーンをかもめ座ロビーで撮影。ここでは梶原支配人がカウボーイハットを被り、劇中で使用される手配書を壁に貼るという場面。そこで壁に手配書をうまく貼れずに高校生・多香子に叱責されるという、コメディチックな演出がされる。

 監督からは手配書が落ちる度に、心配そうに声を出していくように市民俳優たちに説明。芝居の流れなど手順を確認してからテストが繰り返される。

 しかしながら手配書がうまく貼れずに落ちるタイミングがなかなかに難しい。最初は手配書が1回落ちてしまった時にすぐ、芳根京子演じる高校生・多香子が津川雅彦演じる梶原支配人に「なんでできないんですか!」と詰め寄っていた。そこで梶原支配人はそれを受けて「1回でそんなに怒らなくてもいいんじゃないかなあ」と指摘。 

 確かにそれはそうかも、と監督も納得。手配書が3回落ちたら高校生・多香子が梶原支配人を叱責する、という段取りが決定される。

 それでも壁から手配書が落ちる、というタイミングがなかなか難しく、途中にはアドリブだろう高校生・多香子が「ちゃんと手配書に糊を付けて貼ってよ」と指摘。それを受けて梶原支配人が「はい、分かりました」と、まるで孫に責められる祖父のようなやりとりまで行われた。 

 2人のやりとりがとても自然に見えてしまうため、ここで参加している市民俳優たちにも自然と笑みがこぼれている。

 最初は緊張感が支配していた現場も、そうしてどんどん自然な表情が増えていくように思えるのだ(つづく)。
  

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映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ その21 [撮影ルポ]

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映画「向日葵の丘 1983年・夏」撮影現場ルポ その21

by 永田よしのり(映画文筆家)

 5月3日。午前中から金谷商工会議所の一室を借りて、今日から撮影に入る津川雅彦(俳優歴60年にもなろうという大ベテラン俳優/太田監督の「青い青い空」に、実兄の長門裕之さんが出演した縁もあり、今回のか出演となった)の衣装合わせが行われる。
 いくつかの衣装をピックアップして、その場で何着かを着てみる。津川の役は、劇中に高校生・多香子らが通っている映画館・かもめ座の梶原支配人役。津川自身も「この服とかがいいんじゃないの?」と、監督らと意見交換しながら、映画館支配人という役どころに似合うような服がチョイスされる。
 津川は「まずは自分の芝居がメイン。衣装は自分の芝居の手助けをしてくれるもの」「着ているものの好みでキャラクターの統一感を出したいね」と、言う。
 そんな発言を受けて、衣装にはカウボーイ・スタイルの服など4着、腕時計や靴も合わせていく。そんな津川の衣装合わせを、多香子の父親役・並樹史朗も見学に来る。並樹は「今日の撮影現場も見学に行きたいんだ」と言っていた。
 衣装合わせと共に、津川からは監督に劇中での細かいリアクションや、小道具の使い方、かもめ座内部の導線などに関しても質問している。衣装合わせの時点から、すでに撮影現場のことも考えているのだ。
 衣装合わせが終了した後は、家山地区にある映画館かもめ座に移動。

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すでに美術スタッフが撮影場所の建物を映画館へと装飾を終えており、看板、外観からロビーまで、すっかり飾り込まれている。そこが今でも映画館として営業していると言われてもおかしくないくらいだ。
 ここでは、かもめ座の全景から撮影、ロビー内部、階段、なども撮影される。そして俳優陣が入っての撮影。
 シーン数としては5シーンほど。梶原支配人が出演するシーンを重点的に撮影されていく。
 ここではかもめ座支配人のスタッフとして働く孫娘・信子役として、市民俳優から選出されたMさんも参加。台詞のある芝居がある。撮影前に「緊張している」と言っていたが、そんな姿は微塵も見せない様子で、見事に信子役を演じている。
 最初のシーン撮影から、台本では3ページちょっとある長めのシーン。高校生・多香子、みどりらが、かもめ座にやって来て、ロビーで、梶原支配人と好きな映画について話す、というシーンだ。
 撮影が始まる前に撮影スタッフは「大人の俳優たちがメインに入って来てから、撮影の進み具合が早くなってきている。今日も頑張って進行させたいね」という、言葉も。
 ロビーにも美術スタッフらの奮闘の後が見てとれる。

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 カウンターが作り込まれ、壁には当時公開されていたポスターや、名画のポスターが。売店のショーケースには映画雑誌にパンフレット、瓶コーラやラムネ、ポップコーンなども。
 それらの値段も映画の舞台となる1983年プライス。コーラ、ポップコーンは100円、ラムネは50円と張り紙が。
 そんなタイムスリップした感覚にもなる場所で、この日の撮影はスタート。梶原支配人、高校生・多香子、みどりら3人のやりとりが軽妙に行われた。このシーンで、3人がどんな映画を好きなのか、が観客には分かるようになっているのだ。 
 そんな撮影現場とは別の場所では、美術スタッフ、浜松からの応援団らが、午後からの撮影に使う小道具などを用意している。2階の屋根の部分で作業しているスタッフもいる。
 本編撮影中でも、スタッフは様々な場所で撮影準備のための作業をしているのだ(もちろん撮影本番中は手を止める)。

 こうした動きは常に次の撮影の用意をしているということであり、そうした準備の様子は、観客が観る映画本編には写ることはない。しかしながら、常に無駄なく展開を考えているスタッフがいることで、撮影はスムーズに進み、現場の空気感もスタッフそれぞれの信頼感へと繋がっていくのではないだろうか(つづく)


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